高輪ゲートウェイシティに、地域とつながる新しいビジネスが生まれた理由
2025/05/29
100年先の心豊かな未来に続いていく新しい街に、ふさわしい事業とは?
2025年3月27日に新しい街として「まちびらき」を行った高輪ゲートウェイシティ。同駅のイベントスペース「マチアイ」に、地域と資源の新しい循環を生み出すお店「earth song」が2025年5月13日にオープンしました(2025年6月15日まで)。これまでにない「地域と花が循環する仕組み」をテーマにした同店はどのように生まれたのでしょうか?

同プロジェクトを推進したJR東日本クロスステーション デベロップメントカンパニー(以下、JR-Cross)新事業戦略部 新事業戦略ユニットリーダーの田口宏弥氏、同部署の三好良爾氏と、プロジェクトに伴走した電通 プランナーの菊池創造氏、電通ライブの松浦恒大氏に話を聞きました。

100年先も、今と同じように「花」を楽しむために必要なこと
──初めに「earth song」がどんなお店なのか教えてください。
三好:「ロスフラワー」と「スローフラワー」という二つをキーワードにしたお店です。新しく誕生した街、高輪ゲートウェイシティのコンセプトは、「100年先の心豊かなくらしのための実験場」なのですが、その街にふさわしい新しい事業を検討する中で生まれました。
ロスフラワーとは、まだ美しい状態なのに、さまざまな事情で廃棄されてしまう花のことです。当社ではJR東日本のエキナカ商業施設を多数運営しており、主にお弁当やお菓子を扱っているため、これまでフードロス問題には取り組んできました。花も食べ物と同じで、役目を終え破棄されるものの扱いが、社会問題として認識されはじめています。
スローフラワーというのは、農薬や化学肥料を使用せず、ハウスではなく路地で栽培するなど、環境に負荷をかけずにサステナブルな方法で花を育てようという取り組みです。世界には一年中暑い国や寒い国がありますが、そこで気候に合わない花を育てようとすると膨大なエネルギーが必要になります。また輸送にも大量のエネルギーを消費しています。そうではなく、食で言うスローフードと同じように、自然に育てられた花を地産地消で楽しもうという考え方です。花は、私たちの生活に彩りを加え、心身ともに豊かな時間をもたらしてくれる存在です。100年先の心豊かな未来に思いを馳せた時に、今と同じように花を楽しめるよう、今から環境に配慮したコンセプトのお店をやってみようということになりました。

菊池:スローフラワーは、成長剤などを使わないので育つのに時間がかかります。しかし、そのぶん生き生きとした、生命力みなぎる花になるという特徴もありますよね。
三好:「earth song」では、生花としてスローフラワーを販売するほか、地域から出たロスフラワーを使ったキャンドルやポーチなどさまざまな商品をそろえています。

高輪ゲートウェイシティらしい、地域の巻き込み方とは
──どのような考え方から「花」にたどり着いたのでしょうか?
田口:前回の記事でも話に出ていましたが、「エキュート秋葉原」の取り組みで生まれた新規事業を進める上でのコンセプト「ひらけ、エキナカ」がベースにありました。まずは、地域や社会にひらかれた、人の可能性をひらく場所にしようという考え方です。
菊池:そこから、地域と資源の新しい循環をつくるアップサイクルの事業はどうか?という話になりました。駅ということもありますし、高輪で出てくる使われなくなった資源やまだ焦点が当たっていないものを循環させて、社会に新しい流れをつくっていけるような事業ができたらよいのではないかという議論になったのです。
ロスフラワーは多少世の中に知られてきているかもしれませんが、循環を考える意味では、スローフラワーなど、まだ社会にあまり知られていない生産現場から地球にやさしい循環を考えることも、価値あるコンセプトです。日常の中でこれらに触れてもらえる場所をつくりたい、という思いから「地域と花の新しい循環を生み出すお店」になりました。
三好:JR東日本では地域を巻き込むことを強く意識しています。これまでも、地域の方々と一緒にホップを栽培し、ビールを作るプロジェクトを行っていたり、3月に行われた「まちびらき」でも地域の方を招待し大いに盛り上がりました。私たちJR-Crossも地域を巻き込むことを考えたとき、このエリアと関係が深い「花」はとてもマッチすると思いました。
田口:高輪は日本最大の花き市場である、大田市場から近く、多くの花きメーカーの本社が品川・高輪エリアにあります。また、たくさんのホテルや結婚式場もあり、エリア的にやむを得ず廃棄されてしまう花が多く出る場所であり、花であれば街とのつながりが体現できるのではないかとイメージが膨らみました。
それから、生花店には「花を選ぶ、買う、贈る」という人々のさまざまな想いや物語が詰まっています。そういったお客さまの物語に地域資源の循環のストーリーをプラスすることで、新たな価値を生み出すことができるのでは、と考えました。
松浦:私は、大枠が決まり、実際にお店を作っていく部分を主に担当したのですが、地域の生花店やホテルへ直接足を運んで生の声を聞くことを大切にしました。地域の関係者の方たちが何を考えているのか、リアルな思いを吸い上げて、そこに寄り添ったものにすることが大事だと考えていました。
ポイントになったのは「やってみたいのはこっち!」と踏み出す勇気
──デベロップメントカンパニーという意味では、物販をすることは、これまでにない取り組みだと思いますが、社内の反応はいかがでしたか?
田口:社内の会議でプロジェクトについて話したときに、すごく良い取り組みだと背中を押してもらえましたし、このチャレンジを歓迎してくれていると感じました。「ゆくゆくは、新事業戦略部が立ち上げるひとつの新しい事業として、体制を構築できるとよいね」というコメントをいただいた時は、先を見据えた一大プロジェクトが始まると、身の引き締まる思いでした。
菊池:私が特に印象的だったのは、花のアップサイクルの案に決まったときの打ち合わせです。いくつかあった案の中でもチャレンジングなタイプの企画で、事業として成り立つのか、という不安もあったと思います。でもJR-Crossの皆さんが「やってみたいのはこっち!」と踏み出す決断をされていて、「なんかすごくいい瞬間を見ている!」と感じたのを覚えています。
──プロジェクトを進める中で、どんなハードルがありましたか?
三好:私たち自身は生花店ではないので、どのようにロスフラワーを集めるのか、という点が最初の課題でした。ロスフラワーを集めるために既存のお取引先や、先ほど例に挙げた周辺エリアの花を扱う企業に、「一緒にプロジェクトをやりませんか?」と相談をしました。快諾してくださるところもあったのですが、断られてしまうことも結構あり、一つのハードルではあったと感じます。
思い返してみると、フードロス問題への取り組みを開始したときも、協力を断られてしまうことはありました。やはりそれぞれの企業がブランディングを行う中で、ロスが出ていること自体を知られたくないという気持ちは少なからずあったと思います。ただ食に関しては、フードロス問題の認知が広がってきているため、その問題に向き合ってこそブランディングにつながるという認識が根付いてきています。花に関しては、一般的にロスフラワーの認知がまだ進んでいない点に食との違いを感じました。
菊池:ロスフラワーの取り組みが広がって、活用することが高輪エリアでは当たり前になっていくと、100年続いていく街としては素晴らしいですよね。
田口:松浦さんが訪問した高輪周辺の個人経営の生花店の中には、ロスフラワーの活用をしたいけど、どう行動したらいいか分からない、と悩まれている方も多くいらっしゃいました。今回、個人経営では4つもの生花店にご協力いただくことができましたし、今後も取り組みを継続していくことで、活用するのが当たり前だと考え方も変わっていくと思っています。
松浦:そうですね。多くの生花店を訪問して、小さな動きはあることが見えてきました。ロスフラワーの活用をしたいけど、はっきり言えばもうからないという問題もあって悩まれている方は多いようです。そんな中でやはりJR-Crossさんのような社会にインパクトを与えられる企業が、ロスフラワーの取り組みをすることは重要だと感じます。社会の潮流をつくっていくことが次の時代をつくることだと考えています。
正しいかよりも、お客さまの心がときめくかどうかが大事
──「earth song」の具体的内容をご紹介いただけますか?
三好:まずはスローフラワーを生花としてご用意しています。あとはオリジナルグッズとして、地域の生花店から集めたロスフラワーを活用したキャンドルやポーチなどの加工品もそろえています。ただ今回は実験的な取り組みであり、一定の期間で集められる花の量にも限界があるため、先んじてロスフラワーを活用した商品を販売されているメーカーの商品も扱っています。
また、営業中にスローフラワーが残念ながら売れ残った場合は、ロスフラワーとして活用することも考えています。さらに店頭にフラワーコンポストを設置し堆肥を作ることも考えています。店頭やお客さまのご自宅で役目を終えた花を回収して堆肥化し、花の農家へ還元する、という循環もつくっていきたいです。

松浦:お店の総合アドバイザーには、ETHICAL Project Directorの早坂奈緒さんに入っていただき、商品の見せ方やメッセージ発信についてアドバイスを受けながら進めています。
エシカル系のテーマはともすると、お勉強的になったり、上から目線になってしまったりと、一般的には遠いテーマになってしまいがちなんです。専門家の視点も入れながら、多くの人が手に取りやすい、むしろかっこいい、と思ってもらえるものを作ることにはこだわりました。
花の見せ方については、フラワーアーティストの前田有紀さんにアドバイスをいただいています。花の選定や置き方についてお聞きしながらお店づくりをしているので、エシカルの発信とお花らしい発信の両輪をカバーしながら進められていると思います。

菊池:お店を作っていく中で、JR-Crossさんは常に「お客さま目線」を意識されていると強く感じました。商業施設を多く運営されているので「いくら正しいものでも、お客さまが見たときに心がときめくかどうかが大事」と考えておられるんだなと思いながら日々議論を重ねていました。
三好:もしかすると、JR-Cross社員として当たり前に身に付いている部分なのかもしれませんね。なのでそう言っていただけると気付きになるというか、「できていてよかった」と安心します(笑)。
田口:まずは、ロスフラワーがどんなものかを知ってもらうことが重要なので、最初のメッセージとしてそれは伝えていきたいですね。キャンドルやサシェなどに商品化されると身近なものに感じますし、愛着も湧くと思います。なので、オリジナル商品を複数用意したのもこだわったポイントです。

根付かせるために必要なのは、収益化すること
──最後に、今回の取り組みで気付いた点や今後の展望をお聞かせください。
菊池:生花店の皆さんがロスフラワーでキャンドルを作っていたり、小さな工夫をされている方は多くいらっしゃると感じました。そういうみんなの努力を一つに束ねて大きなメッセージにしていけば、多くの人が望む未来ができるのではないかと思います。サステナブルの領域では、ゼロからつくるのではなく、みんなの思いを酌んで発信していくことが実は大事なのだと感じました。
松浦:同感です。やはり一人では進めないことでも、ひっぱっていく企業が、流れをつくったり、状況をつくったりすることで大きく動くと考えています。なのでこの取り組みがその機会になれば素晴らしいですよね。
三好:ロスが出るという同じような社会課題であっても、食と花では捉え方が全然違ったので、お花の業界で私たちができることがまだあるのではないかという気付きがありました。一方で、慈善事業ではないので、継続させていくためにはビジネスとして成立させることが大切です。今回の取り組み後、しっかり振り返りをして、アップデートしていくことを繰り返したいと考えています。
田口:高輪ゲートウェイ駅は、駅の周辺に住んでいる方はもちろん、観光に来る方や海外の方も多く利用されます。まずはたくさんのお客さまにメッセージを伝えていきたいです。そして、三好が話したように収益化の仕組みを整え、他の駅への展開など、広い視野で捉えていきたいと思っています。
──本日は貴重なお話をありがとうございました。